コンセプト

鮨道と云うは止ぬ事と見つけたり

つけ台の前に立つ時、私の中に「完成」という文字はありません。

「鮨道と云うは止ぬ事とみつけたり」

『葉隠』の一節である武士道になぞらえ、胸に刻むのは、なにも大袈裟な覚悟を誇示したいからではありません。

ただの一貫、その一瞬に己の雑念や我を捨て去り、無になる。

魚の命を戴き、米の命を預かり、職人が命を吹き込む。

その三位一体の緊張感の中に、妥協や迷いが入り込む隙間はありません。

仕込みのひと手間に一切の妥協を許さず、切りつける一刀に全神経を研ぎ澄まし、握る一瞬に職人生命のすべてを込める。

今日握る一貫が、私の人生で最高の一貫であり、同時に最後の一貫であっても悔いはない。

それほどの覚悟でつけ場に臨んでいます。

留まることを拒み、進化し続けることこそが、この道を歩む職人の宿命であり誇りです。

昨日までの成功も、極めたはずの技術も、今日この瞬間の前には過去の遺物に過ぎません。

季節で変わる魚の脂の乗り、毎日の気温や湿度による米の炊き加減、目の前のお客様の呼吸や一仕草に至るまで、鮨の正解は絶えず変化し続けています。

だからこそ、試行錯誤を止めるわけにはいかないのです。

仕込みの伝統を守りつつも新たなアプローチを模索し、一刀の角度、一握りの圧力を極限まで問い直す。

今日の最高は、明日超えるべき最低ライン。果てなき探求の旅だからこそ、一貫に注ぐ情熱が鈍ることはありません。

職人の探求心と技が止まることなく動き続けるからこそ、その一瞬にしか味わえない「今の最高」が生まれます。

「鮨道を究める」

ただただ目の前の食材とお客様に向き合う。無我の境地で握る究極の一貫を、どうか心ゆくまでご堪能ください。

昭和をイメージ 関西白身文化を

開店するにあたり、コンセプトとして描いているのは「昭和」のイメージです。父は40年以上、神戸の自宅で寿司店を営んでおりまして、学校帰りに、いつも店の中を通って、自分の部屋に戻っていたのですが、いつも見ていた鮨屋の光景は、現代は主流のお任せコースではなく、好きなネタを好きなだけ頼む、ソウルフードとしての鮨でした。堅苦しくなく、楽しんでいただける。いちばん大切なのは、そういうシンプルなことだと考えています。
 こだわりを持っていたいのは、白身のネタです。大阪であれ神戸であれ、関西はやはり白身文化がベースにあると思います。茶碗蒸しも具材をたっぷり入れたものを楽しんでいただきたいです。それも親父が作ってくれた昭和の鮨屋の姿だと思っています。
 父の背中を追ってきましたが、「寿司はせ川」時代にはオーナーである島田紳助氏から、「芸人も料理人もいい舞台に立たなアカン。ここで輝け」と励まされ、「1年努力しても、一瞬の手抜きで全てを失う」と鼓舞されたことも感謝しています。「北新地 松庵」では開店の料理長を任され、立ち上げの難しさ、ゼロからお店を作っていく大変さを学ばせていただきました。ここまで続けてこられたことは自信にもつながりました。そして、いつも変わらないのが、お客様に喜んでいただけることの喜びです。これからも尽力して参ります。

 

<吉田 雅士 よしだ・まさし

 1972年、神戸市生まれ。神戸で寿司店を40年以上営む父の背中を見て育ち、加古川を皮切りに大阪・ミナミなどの寿司店で修行。奈良のホテルでは和食に従事し、さらに洋食の創作料理なども経験した。34歳の時から、島田紳助氏による大阪・ミナミの「寿司はせ川」で主任として6年、その後、大阪・北新地の和食店「北新地 松庵」の初代料理長を約6年半勤めた。2020年2月、「北堀江 鮨与志」を開店した。